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エロイーズとアベラール

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ノートルダム寺院があるシテ島。

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このシテ島のフルール河岸通りにひっそりと男女の彫像で飾られた家があります。

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ここはパリ版ロメオとジュリエットと言われるアベラールとエロイーズが住んでいた場所です。現在ある建物は1849年に再建されました。

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アベラール (Pierre Abélard)

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エロイーズ (Héloïse)

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エロイーズは17、18歳の頃、パリに移り、彼女の才能に気づいた母親がノートルダム大聖堂*参時会議員のフュルベールに事情を説明します。フュルベールは姪のエロイーズの世話をすることを引き受けました。

*現在のノートルダム大聖堂ではない。

その美貌のみならず、その知性、ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語を理解する彼女の評判は広く知られ、当時才能のある哲学者の一人であったアベラールは彼女の気を惹くため、彼女の教師を申し出ます。アベラールの評判を恐らく知っていたであろうフュルベールは彼を姪の教師として雇い入れます。

この時エロイーズ18歳、アベラール39歳。2人は恋に落ち、やがてエロイーズは妊娠します。アベラールはブルターニュにいる妹のもとに彼女を移し、そこで男の子が生まれます。

彼の経歴を台無しにしないために2人は秘密裏に結婚し、アベラールはエロイーズをアルジャントュイユ修道院に移します。激怒したフュルベールは人を使いアベラールを襲撃し、去勢してしまいます。

これ以後、アベラールはサン・ドニ修道院で修道士となり、 エロイーズはアルジャントュイユ修道院の修道院長になりました。のちにエロイーズはアベラールが設立したパラクレ大修道院へ移り、そこで大修道院長になります。

アベラールはサンマルセル修道院で1142年に世を去り、エロイーズは彼の遺体を密かにパラクレ大修道院へ移させました。1164年に彼女は亡くなり、アベラールの隣に葬られ、2人はついに一緒になりました。

その後、1630年に修道院長が2人の遺体を掘り起こし遺骨を別々に選り分けるといった事件がありましたが、19世紀始めに2人はパリのペール・ラ・シェーズ墓地に葬られました。

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ペール・ラ・シェーズ墓地にあるエロイーズとアベラールの墓。

エロイーズとアベラールが住んでいた場所
9, 11 quai aux Fleurs 75004 Paris
メトロ4番線シテ(Cité)駅から徒歩3分

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