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山のテレビゲーム 「蒼天の白き神の座」、ボードゲーム 「K2」

追憶


かつて初代プレイステーションに高峰登山をするシミュレーションソフトがあった。

その名は「蒼天の白き神の座(くら)」

蒼天の白き神の座

「神ゲー」、「ゲームではなく芸術」と言われたこのゲームソフトはしかし一般にはほとんど認知されずに売れなかった。実際、決して万人受けするゲームではない。10人がプレイしたらおそらく9人はあまりのシビアさに途中で投げ出してしまうようなソフトである。だが、残りの一人、その一人は「白い悪魔」に取り憑かれたかのように、徹夜も惜しまずプレイし続けてしまう、そんなソフトでもある。

プレイヤーは登山隊の隊長となり、隊員を率いてマヌーツェ、ダウラチェンリ、カンガプルナ、シシャカンリ、K0という架空の5つの未踏峰への登頂を目指す。

まず計画モードで必要に応じて隊員を募り、上記の5つの山のうち、一つを選び、参加隊員、登山時期、必要な資材などを決定したら実際に登山する作戦モードに移る。

出発地点のベースキャンプから隊を編成して頂上を目指す。最初は未踏峰ゆえ、登山隊は頂上へ近づくためのルートを探索する必要がある。ルートを発見したら、そこを安全に通るためにルート工作をし、ある程度高度を稼いだら、安全な場所にキャンプを張る。さらにその先のルートを探索して頂上への登山ルート確保のために上記の行動を繰り返す。別の隊はベースキャンプから上のキャンプへ物資を運ぶなりして分業する。頂上へのルートが発見されたらアタックできる。

こう書くと一見簡単そうに見えるが途中で登山隊は雪崩、滑落、落石などさまざまな障害に襲われる。さらに高度を上げるに連れ、 酸素不足による高度障害、そして凍傷などにかかりやすくなる。高度障害に掛かったらそのクライマーをより高度の低いキャンプに移動させて回復を待つ。回復後は高度順応してさらに高度を上げた場所で作業できるようになる。このようにしてキャンプ間を行ったり来たりして登山隊を徐々に頂上に近づけていく。

登頂に成功したら他のメンバーを登頂させるもよし、すぐに撤収するもよし、プレイヤー次第である。このゲームでは下山の要素も重要でキャンプやルート工作に使った物資を回収してベースキャンプに戻り撤収する必要がある。そのまま放置して撤収してしまうと山に大量のゴミを残したとして隊長としての評価が落ちてしまうのである。

隊員は作戦に参加するとレベルが上がる。作業が早くなり、高度障害などにかかりにくくなる。だがどんなにレベルが上がっても一瞬の雪崩に巻き込まれて命を落としてしまう。さらに年をとると、「隊長、お世話になりました。私もそろそろ引き時かと。。」などといって引退してしまうである。(ちなみに隊長は何十年でもできる。)したがって常に最高レベルの隊員だけを維持することはできず、適宜、新たな隊員を募って育てなければならないのである。

躍動的なオープニングとは裏腹にゲームそのものは地味そして非情である。

自分が初めてプレイしたとき、第1隊が途中で滑落し、それに救助に行った第2隊が雪崩に遭い、それを救助に行った第3隊も雪崩に巻き込まれて何をどうしていいかわからず隊員達は息を引き取っていき、結局1人も登頂できず、隊員の3分の2を失って撤退するというさんざんな遠征になった。

上述のように隊員は遠征を重ねるに連れ成長するが、レベルアップしても呪文を使える訳でもなく、また死んでしまった場合は復活することもない。
一般的なゲームに慣れた人ならば、あまりのシビアさに耐えきれなくなって投げ出してしまうゲームである。

だが、こつを掴んでくるとこのシビアさが逆にやる気を起こさせ、もっと難しい厳冬期や単独での登頂等にトライしたくなってくるのである。

ゲームの目標は登頂だけではない。登頂に成功すると隊員はさまざまなアワードを獲得でき、 未踏峰登頂だけでなく新たなルートを発見することで隊長の評価も上がっていく。最高位フェニックスの称号を得るまでプレイヤーは画面に釘付けになる。

フェニックスの称号を得た後でも、もっと過酷な条件でまたプレイしたくなってしまうのである。

実は山登りを始めた頃、このゲームソフトが出るとゲーム誌で知ってプレイステーションを買ってしまったくらいである。
もちろんこのゲームソフト以外にも、格闘ゲーム、シューティング、シミュレーション、RPGなどさまざまなジャンルのゲームをしたが、これほど続編を望むゲームはなかった。しかし残念ながらそれはかなわなかった。それはこのゲームがあまり売れなかったこと、そして以下の2つの悲劇に起因しているのかもしれない。
最初にして最大の悲劇はこのゲーム制作に協力してくれた広島三朗氏が、その後遭難して亡くなってしまったことである。カラコルム山脈スキルブルム峰登頂に成功した後、帰還直前にベースキャンプで爆風雪崩に巻き込まれ、命を落としてしまったのである。その時の自分は相当衝撃を受けたのを覚えている。ベースキャンプと言えば高峰登山でもっとも安全な場所のはず。そこで命を奪われるとは本当に山では何が起こるかわからないと思ったものである。
もう一つの悲劇はこのゲームソフトを制作したパンドラボックスという会社が消滅してしまったことである。
今なら実写と見まがうほどのクオリティーのゲームができるのにと思うと残念でならない。

このゲームは一般受けするように作られなかったために売れなかったかもしれないが、ユーザーに媚びないその完成度の高さからいまだにプレイしたいソフトのひとつにしばしば挙げられる。

高峰登山の経験など全くない自分もいつしか、ゲームをしながら「自分も神々の座に、白い巨峰(ジャイアンツ)の頂に立ってみたい」と願い続けていたものである。
仕事を始めてからそんなものは夢物語になってしまったが、将来、定年して時間ができたら、ヒマラヤの山々の周りをトレッキングでもしたいと思う今日この頃である。



本文


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前置きが長くなりましたが、ここでは山のボードゲーム「K2」について紹介したいと思います。REBELというポ-ランドのゲームメーカーから出ています。作者はゲーマーであるとともに、自ら登山が趣味のアダム・カウージャ。
テレビゲームと同様、本格的に登山を扱うボードゲームはそれほどないのでないでしょうか。

K2はカラコルム山脈にある山で標高8611メートル、エベレストに次ぐ世界第2位の高さです。激変する天候、急峻な地形から登頂はエベレストより難しく、非情の山といわれています。
さらに登山より下山の方が難しいと言われ、登頂に成功した者のうち、3人に1人が還って来ないとも言われています。また未だに厳冬期の登頂を許していません。後記:2021年1月16日、ついに厳冬期のK2の初登頂が実現されました。

登山をボードゲームにした場合、マルチプレイで単なる双六にならず、どう処理できるのか、自分の興味の対象でした。

プレイヤーは二人のクライマーをK2に登山させることができます。
ゲームでは18日間でどれだけ頂上に近づくことができるか競います。

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説明書は英語とポーランド語。

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プレイヤーの体力を示すプレイヤーマット。1を切るとそのクライマーは死亡します。
ここでは便宜的に「順応値」と訳しておきます。

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プレイボードはイージーとハードの2面、天候も夏用と冬用があります。

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プレイヤーのカード。緑地の数字は登山、あるいは下山のための移動値、青地の数字は順応値を上げるカード、右側にあるのはリスクトークン。

各プレイヤーは自分の2人のクライマーをベースキャンプに配置してゲームを始めます。プレイヤーは手持ちの手札6枚から3枚を選び、同時に公開します。

もっとも移動値の合計が高いプレイヤーはリスクトークンを受け取ります。

各プレイヤーはカードの数値に従い、クライマーを移動させたり、クライマーの順応値を上げたりします。
カードの効果は1人のクライマーだけに使用する場合、2人のクライマーに使用する場合、どちらにも適用できます。
たとえば移動値2と3のカード、順応値2カードを使った場合、1人のクライマーだけに移動値5を使用するか、あるいは1人に移動値2、もう1人に移動値3を割り当てるといった使い方ができます。順応値カードはどちらか1人のクライマーの順応値を2上げることができます。(2人に1ずつ割り振ることはできない)

リスクトークンを受け取ったプレイヤーはその数値分、クライマーの移動力か順応値を引き下げます。

その後、クライマーのいるマス、天候によって順応値の増減をします。

得点はベースキャンプにいる最初は1点、高度が上がるほど点が高くなりますが、クライマーが死亡すると1点になります。登頂に成功すると10点。二人とも登頂に成功すると満点の20点になります。ただし登頂成功してもそのクライマーが死亡した場合は1点になります。

クライマーはテントを張ることができます。テントにいるマスに留まると順応値が1つ回復します。テントを張る位置も重要です。

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各マスには数値が書かれています。黄色の丸の数字はそこに移動するのに必要な移動値、赤丸の数字はそこに留まると順応値がその分差し引かれます。高度が上がるにつれその数値も大きくなります。(写真をクリックすることで拡大されます。マスの中にある旗はその高度に到達した場合の得点。)

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天候タイル。クライマーがタイルに示された標高にいると数値分、順応値が差し引かれます。

18日経ったあとでもっとも得点の高いプレイヤーが勝利します。

留意点

このゲームでは「先を急ごうとすればより多くの危険を伴う」という負の効果(リスクトークン)を付加しているのがポイントです。また十分に順応せずに(順応値を上げずに)勇み足で頂上を目指せば、待っているのは不本意な撤退か死あるのみ。かといって慎重に進みすぎると、日程が限られている上、頂上付近は少数のクライマーしか登れないようになっているので得点が伸ばせません。これらの要素のブレンドによりこの登山ゲームがマルチプレイゲームとしてうまく成立するように工夫されています。

説明書を読んだ限りでは登山することにより得点が入るだけで、下山の要素がないことが不満でした。しかし実際にプレイしてみるとそれは杞憂であり、またなぜ各プレイヤーのクライマーが二人なのかよくわかりました。

8000メートルより上はそこにいるだけで命を吸い取られていく死の領域。したがって登頂成功後でもなんとかクライマーを安全な場所へ降ろしたいわけです。それに必要なアクションともう一人のクライマーをどうするかが、一つのジレンマになっています。

一人のクライマーが単に登頂を目指すのではなく、クライマーを二人にしたことでこのゲームはソロプレイでも、マルチプレイでも面白さが引き立つように実にうまくデザインされています。

頂上に行くに連れ状況は厳しくなり、プレイヤーは「栄光(登頂)か命か」という究極の選択を迫られます。とくに後半は考えることが多くなり、5人プレイなら1時間以上掛かるでしょう。

ほとんどの手番では理詰めでプレイできますが、このゲームでは6枚の手札から選ぶ、天候もある程度予知できるという点でうまく運と戦略の要素が調整されています。
このため、「今なら頂上を落とせる、だが生きて還れないかもしれない」といった実際の山でも起こりうるような登山者の心境がこのゲーム中に再現されます。

特筆すべき点はソロプレイのゲームとしてもしっかり成り立っているところ。ソロプレイの場合、場所の取り合いという要素が無くなる分、リスクトークンを毎回受け取らなければならず、バランス調整されています。

初めてソロプレイをしたときは一人が登頂に成功したものの、もう一人が命を落としてしまい、11点。2回目は二人とも登頂に成功したものの、その後、二人とも「神々の国の住人」になってしまい、2点。(後記)ルールを見落としていました。ソロプレイの場合は2人のうちいずれかのクライマーが死亡した場合はすぐにゲーム終了になります。
これでももっとも簡単なレベルなのでもっと難易度の高い場合、どうなるやら見当もつきません。

実際には「蒼天~」にあった様々な障害、高度障害、凍傷といった体を襲う要素、雪崩、滑落、落石といった事故の要素などがあった方が個人的にはよかったと思うのですが、ボードゲームでそれをやってしまうと、もはや「ゲーム」ではなく「煩雑な作業」になってしまうでしょう。作者自身もそれを承知していて高峰登山において生じる様々なトラブルを「順応値」という一つのパラメーターに締めくくったことで、これがゲームとしてすんなり収まることに成功しているのは見事といえます。


まとめ

上に書いた印象はあくまで登山やそれに関するゲームが趣味である自分の主観によるものです。翻って一般的に考えると「蒼天~」と同様、万人受けするゲームではありません。
ボードゲームが好きで「蒼天~」にハマった人なら買いですが、山に全く興味のない人にはお薦めできないし、人によってはプレイそのものが苦痛に感じるかもしれません。

カタンのように発展形のゲームでは後半になるとできることが増えてくるのに対して、このゲームではゲームが進むにつれてしんどくなっていきます。

「蒼天~」をプレイした人には「このしんどさがたまらない」こと請け合いですが、発展形のゲームが好きな人には正直きついでしょう。「なんでゲームでこんなにつらい思いをしなければいけないの?」と言い出す人もいるかもしれません。

おそらくこのゲームはヒットすることはないでしょう。
それでもマイノリティーな山のファンのためにこのゲームを作ってくれたREBELと作者アダム・カウージャに感謝したいと思います。

バリアント

このゲームにはファミリーバリアントがあります。

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ファミリーバリアント用のカード。

ファミリーバリアントではこのカードを他のプレイヤーカードと一緒に使います。
クライマーが死亡した場合、このカードを使うことでそのクライマーを6000mより下にあるいずれかのマスに移動してまたプレイさせることができます。ただしそのクライマーの得点マーカーをもとあった場所から4マス下に動かします。このカードは一回しか使えません。使用後はゲームから取り除きます。

COMMENTS

No title

ようやくこのゲームのレビューが出てうれしいです
うまくテーマをシンプルなシステムに落とし込んであり、ゲームとしての完成度は高いと思います
それほど登山に興味がないゲーマーと10人近くプレイしましたが、普通に楽しんでもらえましたよ
何をすればよいのかが具体的なので、敷居は高くないと感じました
国内でももっと流通してもらえればと思います

「Disaster on Everest」というもっとシステムの複雑なエベレスト登山のゲームもあるのですが、こちらはソロプレイゲームなのが残念です。

ひとつ質問。

明けまして・・・   閉めまして!(滑)K2レビュー読ませていただきました。
なんとなく「SASUKE」に通じるものがありますね。
それはさておき質問です。移動力カードの中に数字じゃないものが書いてあるのを見つけましたが、これはどういう効果があるのでしょうか?

No title

明けましておめでとうございます。

janさん、コメントありがとうございます。
登山ゲームというのはテレビゲームにせよ、ボードゲームにせよあまり例がないので、この手のゲームにどういう反応があるか自分には未知数でしたが、好意的な声が聞こえてうれしいかぎりです。
 パリでは同時期に発表されたレベル社の「バジリカ」が流通し始めましたが、「K2」はまだ店頭に出てきていません。このゲームを機に山に関するゲームがこれからも出てくれればと思っています。

しゃみ・ぺけぺんさん、数字のないカードはファミリーバリアント用です。本文最後に説明を追加しました。

No title

なるほど。数字なしはファミリー向けルールですか。
あと、ここの画像ではわかりにくかったのですが、上りと下りで数字が違うカードがあるみたいですが、この場合、リスクトークンの判定にはどちらを使うのでしょうか?

No title

このカードはロープカードと言い、登る場合と降りる場合で移動値が違います。リスクトークン判定のための移動値の合計は登りの数値を適用します。

No title

初めまして、ゲームマーケットでマイミクの薦めで購入しました。
昔はアイスクライマーやクレイジークライマー、屋上のコインゲームであった登山んゲームと言うのが印象的でしたがデザイナーでもあり登山に精通してる人間が作ったというお話はビックリしました。

まだプレイしてませんが読んでいてわくわくしてきたので今度の週末に遊んでみたいと思っております。

No title

りゅうしんさん、コメントありがとうございます。

この手のゲームはゲーム中のテーマを特化しすぎるとゲーマーはついてこれず、かといってゲームとしては面白くても登山をしている気になれないと本末転倒になってしまいます。

全くゲームをしたことのない登山家が作ったゲームと、山に登らないゲームデザイナーが作ったゲーム、どちらもうまくまとまらないのではないしょうか。

山が好きな人とゲームが好きな人との接点を作者はいろいろと推敲したのではないかと思います。

山に対する思い入れで好感度は違うかと思いますが、ゲームを楽しんでいただければ思います。

No title

はじめまして。
パンドラボックスは名前を変えて一応まだ存在してますよ。
社長以外のメンバーは残ってないかもしれませんが……
シャノン 学恋 で検索すればすぐに見つかると思います。
でも「蒼天の白き神の座」の続編を作りそうな雰囲気は全くないので
無駄情報ですね(- - ;)

No title

NANAさん、コメントありがとうございます。
会社の名前が変わったのは知っていましたが、「蒼天の白き神の座」制作に携わった人たちは抜けてしまったという話を聞きました。もうこのゲームの続編はあきらめているのですが、このゲームにハマったらたとえ無理とわかっていても誰でも続編を期待してしまいますよね。

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